インド

キラン・ベディという名前を聞いたことはありますか?
彼女は、男の子をとても大切に扱い、女の子は特にこれといった期待もされないインドで生まれました。

べディの生い立ち

世間とは大いに異なる意志を持つ父親の方針で、ベディはしっかりと教育を受けることができ、修道院付属学校から軍幼年学校に進み、国立大学において英文学で学士号を取得。
その後、パンジャブ大学において、政治学の修士号を首席で取得したという、大変優秀な経歴の持ち主です。女子大学において政治学の講師を勤めたのち、1972年7月、インド警察に入隊しました。

インド警察庁の長官となる前、彼女はインド国内で最も厳しいと言われる刑務所での警察官、という任務に就きました。
そこで彼女は教育の視点を「予防」と「教育」に向けるという全く新たな手法で、この刑務所を、単に罪人を
収容する施設から学びと瞑想のための研修センターへと転身させたのです。

彼女の有名なスピーチ

彼女のスピーチはインターネットの動画配信サイトで見ることが出来ますが、多くの人を魅了している強い意思を持つものです。
彼女は、両親が与えてくれた2つの格言を自らのモットーとして掲げています。
スピーチによると、「1つ目は”人生は坂道だ、お前の人生はその坂を上るか、もしくは転がり落ちるかだ”という言葉。
そして2つ目の言葉は、”人生の中では善悪を含め100の出来事が起こる。
100の出来事うち、90は自分自身で作ったもの。
良いことが起こる場合、それは自分から生み出されたものなので楽しみなさい。
そして悪い出来事もやはり自分から生み出されたもの。そこから何かを学びなさい。
人生に起こる残りの10の出来事は、自分ではどうすることも出来ない自然現象や天災など。

例えば、身内の死やサイクロン、ハリケーンや地震など。そんな、自分ではどうすることも出来ないことに対して、私たちは状況に反応する以外に方法はない。
しかしその反応の仕方は、実はその他90の出来事の過ごし方で決まるのだ”。
私はこの考え方を自分の基盤として生きてきました。90対10の法則。

そして、人生は坂道であるという言葉。このようにして父はわたしを育て、価値のあるものを追い求めるのではなく、既に与えられたものに価値を見出す、ということを知りました。」
キラン・ベディは、ニューデリーにおける交通取り締まりから、国連代表団における警察顧問まで、幅広く任務を遂行した人物としてインド全体のみならず海外でも知られており、国連においては勲章も授与されています。

たくさんの努力をしてきたベディ

彼女を一躍有名にしたのが、インディラ・ガンディー首相の車を駐車違反で移動したというエピソード。
このエピソードにより、彼女はクレーン・ベディという名で知られるようになってしまうのです。
1993年、キラン・ベディはティハール刑務所の所長に任命され、受刑者の待遇の改善のために努力を注ぎました。

この刑務所はインドで最も規模の大きい建物のひとつで、その中で受刑者は、決して理想的とは言えない環境におかれて服役していたのですが、彼女は衛生状態の向上や、囚人からの苦情の受付などに耳を傾け、真摯に受け止め、環境を大きく改善しました。

また、囚人たちに初等教育や外国語教育をほどこし、瞑想を行うといったまったく新しい試みも導入しました。
また、このように公務に従事している間もさらに研究を重ね、1993年にはインド工科大学においてPh.D.の学位を授与されています。
これらの功績が認められて、1994年、彼女はアジアのノーベル賞とも言われているマグサイサイ賞を受賞しました。

彼女の父親が行ってくれた「教育」の業。
これがキラン・ベディの人生に大きな影響を及ぼしました。
当時インド国内で「女の子に高度な教育は必要ない」という考え方が、常識として広く行き渡っていた中、彼女の父親が見せた偏見のない態度、また「人は誰でも学ぶ権利がある」という姿勢。
そして、学んだ事柄は人生に役立てなければ意味がない、という教訓。

この経験が、彼女をこれほどまでに強くしたのです。
根拠のない時代の波や流行の思考に捉われず、正しいと思える道を勇敢に突き進む女性警察官、キラン・ベディ。
彼女の生き様に、多くの人が魅了され、追随したいと考えています。
警察を退職したのち、国民と警察本部との間をつなぐためのウェブサイトを開設し、このサイトは、警察に訴えを聞き入れてもらえなかった市民から非常に好評を得ています。

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